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おそらくは半茶のblog

流行に乗り遅れてはいかん!とブログをはじめてみたおっさんです。

針井探偵事務所(3)

机の傷はモールス信号でもなさそうだ。机の傷が暗号でないとしたら……。ドアが開いた音がした。
「君は人の仕事場で何をしているんだね?」
針井探偵が立っていた。
「いやあ、申し訳ない。君に聞きたいことがあってね。待っていたんだがなかなか君が現れないものだから。しかしなんだな、君の事務所は繁盛しているようだな。次々と依頼者が現れる。私は針井探偵ではないとか、君を待っているだけとか言わせない勢いで、皆ベラベラ喋ったあげく自己完結して帰っていってしまったよ」
針井探偵はあきれた顔で私の話を聞いている。
「ところで警部、君自身は何の用だね」
おや、私は何のために針井探偵を待っていたのだろうか。思い出せない。それよりも机の傷が気になって仕方がない。真ん中の傷は立って飲んでいたコーヒーカップを落としてついた傷のように思われてならないし、その横の縦線の傷は机に覆い被さるように倒れ込んだ人物が床に崩れ落ちるときに腕時計でつけた傷のように思われる。
「君の推理の通りだよ」
針井探偵は私を悲しげな目で見ながらそう言った。
「警部、連続殺人事件の犯人が君、警部自身だということ。それを完璧な推理で私に指摘された君は、もはやこれまでと毒を飲んだ。おぼえてないのかね」
なんとなくそういう事があったような気がする。毒を飲んだって?それじゃあ。
「信じられないのなら、その来客用のソファーの下を見てみればいい」
私は体をフワリと浮き上がらせるとソファーの方に向かう。自分の手は半分透けて向こうが見える。ソファーの下には私の死体が寝ていた。
自分が死んでしまったことに気がついて呆然としているうちに針井探偵があらかじめ連絡していたらしく、刑事やら鑑識やらどやどやと入ってきた。誰も私には気がつかない。針井探偵以外は。
「私に霊能力があるから相手をしてあげたけど、まあ、早めに成仏してくれたほうがこちらの気が休まるんだけどなあ」
針井探偵が私にだけ聞こえるようにつぶやく。
そうは言われても連続殺人犯人が簡単に成仏できるとは思えない。成仏の前に地獄行きである。しばらくは現世にとどまって、針井探偵に取り憑いてみるのも悪くないだろう。生きている時の私は警部だっただけに私を除霊するのは難しいはずだ。
針井探偵、昔から言うではないか、警察にさよなら言う方法は、まだ見つかっていない、と。
(完)

針井探偵事務所(2)

事務机には真ん中に深めの丸い傷とその横に縦の浅く長い傷がついていた。
「・川」……「点川」という名字はあまりないから「丸川」?ダイイングメッセージかも。しかし誰が探偵事務所の机にダイイングメッセージを残すのだ。第一誰も死んでいないではないか。
ノックもせずにスーツ姿の男が入ってきた。
「今、妻がここから出てくるのを見た。ここは何だね?まさかいかがわしい仕事ではないだろうね」
「ここは探偵事務所で、わたしは所長の針井探偵…」
最後まで言い終わる前に男は私の胸ぐらをつかむ。
「妻は探偵に何を依頼した?」
私のネクタイをつかんだ指と爪は手入れがなされていたが、小指の爪が白く汚れていた。スーツの仕立てを見るとなかなかの高給取りのように思われる。しかしどことなくくたびれていた。
「よし、金は払う。妻は何と言っていた」
私が黙っているとは言え、どうしてこう人の言うことを聞かない人ばかりなんだ。
「あなたの奥様は何も言わずに帰って行きましたよ。まあ、愛人宅から直接ここに来たとはいえ、もう少し落ち着きなさい」
「な、なぜそれを」
「あなたの小指の爪は白く汚れている。マニュキアを除光液で急いで拭いたからだ。あなたが自分でマニュキアを塗ったとは思えない。女装趣味の可能性も考えたがあなたからは女性用香水は匂ってこない。何故小指だけ塗ったか。それは全部の指を塗ると、貴方が気がついてしまうから、つまり茶目っ気を出して、貴方が寝ているうちにイタズラで貴方の小指にマニュキアを塗った人がいる。貴方が気がつかなくて帰宅し、気がついた奥様と喧嘩することを期待した人物がいる。こんな休日の午前中に昨日のスーツ姿でここに来ているということは着替えのある自宅ではないところからここに直接来たということだ。あなたは出かける前に爪のマニュキアに気がついて除光液で拭き取ったが……」
「よく喋る奴だ」
男はあきれた顔をして私のネクタイから手を離した。
「ここは相談だが、妻には浮気のことは報告しないでいただけないか」
「それはお約束できません。あなた方は夫婦なんだからお互いの愛情の存在を確認する義務がある。愛情を保つことが出来なければ責任もって別れる義務、または最構築の努力をする義務がある。あなた方にお子さんがいれば、養育する義務、教育を受けさせる義務。一人前になるまで見守る義務。そしてなによりも貴方が一人の人間として、自分のパートナーに正直に向き合う義務がある」
男はハットなにかに気がついたような表情をした。
「私は大切な何かを忘れていたようだ。家に帰って妻と真剣に話し合ってみるよ」
「それがいいような気がします。奥様もそのようなことを言っていたような気がします」
男はドアに向かって歩き出す。
「探偵さん、ありがとう。しかしまだ今は午前中だ」
「午前中だからなんだね?」
「義務列挙には早すぎるよ」
男は事務所を出て行き、私はまた机の傷を眺める作業に戻る。

針井探偵事務所

 安い事務机に向かって机の傷を眺めているとノックの音がした。
返事をする間もなくドアが開く。
「針井探偵事務所はここかしら」
「そうですが、あいにく」
 手のひらと視線で私の言葉を遮って彼女は喋り続ける。
「針井探偵がいろいろ立て込んでいることは承知してますが、話だけでも聞いていただけませんでしょうか」
 そう言うと勧められたわけでもないのに勝手に来客用の椅子に座り込む。言葉とは裏腹に自分の要求が通らない事など想定していない人種だ。服は高級品に見えないが着崩れてないことからみて、ここにくる直前に古着屋で購入したものだろう。何より靴が高級品のままだ。貧乏人の振りをして探偵に仕事を依頼しにくる上流階級のご婦人とはなあ。何を依頼するつもりなのか判らないが、これから喋ることのほとんどは信用できないと考えるべきだろう。どの言葉が本当で、どの言葉が嘘なのか、一つ一つ選り分けて判断しなければいけないじゃないか。めんどくさいなあ。頭の中に正直村の住民と嘘つき村の住民と嘘と本当のどちらを言うか決まっていない村の住民のクイズがよぎり、思わず呟く。
「この道が正しい道ですかと聞かれたらあなたはハイと答えますか?」
「え?今なんとおっしゃいましたか?」
 婦人は青ざめている。
「いや、すいません。ただの独り言です」
「……さすが針井探偵、見事な洞察力です。私がここに来たのは、浮気性の夫を亡き者にする殺人計画の第一歩でした。私の決心は堅かった……はずでした。でもあなたの今の一言を聞いて自分の心に問うてみました。正しい道……ではありません。わかりました。もういちど夫と正面から向き合って話し合ってみます。ありがとうございました」
 そう言うと私の返事を待たずに婦人は部屋から出ていってしまった。残された私は、あいかわらずやることもないので机の傷を眺める作業に戻ることにした。
 来たと思ったらあっという間に帰って行ってしまったので、あの婦人にさよならを言う暇もなかったのだけはよかった。さよならを言うことは、少しずつ死ぬことだからだ。

九体~十体さん

「どうやら八体がやられたようだな」

「奴はn体さん(nは自然数)の中で平方数より1小さい唯一の立方数……」

「ここは私めが」

「球体さんがでるとなると俺の出番はなさそうだな……」

「実体さん……」

 

「もうお前ら自然数には任せてはおけん!全員クビだ!」

「そ、そんな ご無体な!?」

八体さん

「新衛門殿、新衛門殿、お城で一番美しいのは、ど・な・た?」
「はい、義満殿、お城で一番美しいのは将軍様でございます」
お城の開かずの間では今宵も将軍様が新衛門さんを相手におのれの美貌を誇示しております。
日本一の権力を得た将軍様がその次に欲したのは若さと美貌でした。全国から集めた長寿に効く妙薬、不老の術を試し、夜な夜な家臣の新衛門に自分の若さ、美しさを褒め称えさせているのでした。

「うむ、苦しゅうない。余は満足じゃ」
「恐れながら申し上げます、将軍様。お城で一番美しいのは将軍様でございますが、日本で一番美しいのは安国寺境内の裏手に住む吾作の娘、おさよちゃんにてございます」
「うぬ、ゆるさん。ではどれほど美しいのか確かめにいくぞ」
おさよちゃんはそのころ、とんちで有名な八体さんと桃色遊戯をしておりました。
「そなたの肌は雪のように白く、唇は血のように赤く、髪は黒檀のように黒い」
「まあ、八体さんたら、こんどはどんなトンチかしら」
「その上、悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、愛のように甘い」
「八体さん、私は珈琲ではなくってよ」
「ははは。おさよちゃんにはかなわない…
『成敗!』
あわれ八体さんはいきなり後ろから現れた将軍様の刀の露となってしまいました。
「ひいぃ。お許しを……」
おさよちゃんは平伏して命乞いをしています。
「苦しゅうない、おもてをあげよ。なるほど、悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、愛のように甘い」
「いきなり下半身の一部に関する感想!」
「おじょうさん、この林檎をさしあげましょう。おいしい林檎ですよ」
「ありがたき幸せ」
おさよちゃんが林檎を一口かじると咽喉を押さえて倒れてしまいました。
「愚かなる平民なりや、この毒林檎をかじったからにはひとたまりもあるまい。安らかに極楽浄土とやらに赴くがよかろう。なむあみだぶなむあみだぶ」
将軍様がその場から立ち去ろうとすると、向こうの方から歌声が聞こえてきます。
「ハイホー、ハイホー、声を揃え~」
七人のドワーフが現れました。
「おや、女の子が倒れているぞ。そこのキラキラとした衣装を着ているおっさん、これはどういうことですか?」
「わしか?わしは通りすがりの林檎売りである。この少女がいきなり倒れたのじゃ。ワシはしらんぞ」
「ハイホー、ハイホー怪しいな」
「ハイホー、きっとこの少女を相手に淫行に及ぼうとしていたにちがいない」
「そうだな、きっとそうだ」
「いい歳して」
「有罪だ」
「ギルティー」
将軍様はあわてました。未成年者を相手に淫行などと噂を流されては将軍としての社会的地位が危うくなる。教科書にも載りづらくなる。
「違う違う、ワシはこの林檎を売り歩いていただけじゃ。おぬしらもこの林檎食べないか?おいしいぞ」
「お、うまそうな林檎だ」
「食べたいな」
「もらうとするか」
「するか」
「一つくれ」
将軍様はここぞとばかり言いました。
「よし、七人のドワーフ共よ、この屏風に描かれた林檎を食べてみせよ」
するとドワーフのリーダーが一歩進みだし鉢巻とたすき掛けをしながら将軍様に答えました。
「わかりました将軍様、では食べて見せますので林檎を屏風から追い出してください」
「と、とんち!」

将軍様は目をさましました。脂汗をびっしょりとかいています。将軍様の顔を新衛門殿と八体さんが覗き込んでいます。
「大丈夫ですか将軍様。あぶないところでした」
将軍様が各地からあつめた不老長寿の薬の中には毒が入ったものがあり、むやみに使用したため将軍様は倒れ昏睡状態に陥っていたのでした。先ほどの悪夢はその毒のせいで見たものでした。
「毒は、お顔からふき取りましたし、これから使用をひかえれば大丈夫ですよ」
「恥ずかしい夢であった」
「え?将軍様、どんな夢だったんですか?」
「いや、恥ずかしいから聞くでない。お前たちにこのこの恥ずかしさがわかってたまるか」
八体さんは言いました。
「そうですね、昔から言いますものね『この恥、判るべからず』なんちゃって」
「なるほどうまいことを言う。この小坊主を打ち首に処せ」
「そ、そんなあ」
「しかし、夢の中に出てきた七人のドワーフはいったいなんだったんだろうなあ」
将軍様、七人のドワーフとは私、八体が姿を変えて現れたに違いありません」
「なんじゃ、まだいたのか。おぬしの事とな。それはどういう事じゃ?」
「七人のドワーフは歌をうたっていたでしょう」
「ハイホー、ハイホーと歌っておったが」

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「それが証拠にございます」
「ふむ、なるほど。ワシの夢に入り込んでワシを悪夢から抜け出させてくれたということか」
「御意にございます」
「そうすると、おぬしはワシの命の恩人なのかもしれぬ」
「おそれいります」
「市中引き回しの上、獄門」
「そ、そんなぁ」

五秒後仮説

我々が世界と認識しているものは、矛盾が多い。
つじつまが合わないことが多々発生する。
この世界が確固たる世界であるというのは誤認識で、この世界は世界が形成される5秒前の世界であった。
大いなる混沌の中、局地的に発生した小さな秩序の渦のなかで
懸命に秩序を保持しようとする我ら。
5秒後に形成される世界は我々を含むか。
混沌の渦のなかに巻き込まれ、存在した証さえ綺麗さっぱり消えてしまうのか。
 
というのはどうか。

五秒前仮説

五秒前に世界が出来たという五秒前仮説。過去に関する記憶も含めて五秒前にできたとしても我々にはわからない。

例えば精巧な人間型ロボットができたとしよう。需要があるかどうかは別にして中年男性の記憶と意識を持ったアンドロイドが、自分が人間だという意識を持って製造されたとしよう。過去の記憶は捏造。人間と同じように生活する。

一年ほど活動した頃、精巧なメカニズムのあちこちに支障が出てくる。メンテナンスが必要なのだが、自分が人間だと思っているので放置。中年男性はヒザ関節が痛くなり、筋肉の力が弱くなり、視力が低下し記憶力が低下する。彼は老化によるものだと思うが、機能低下は急激に進んでいく。

一気に身体の不調がひどくなり起き上がれなくなった朝、彼は突然に自分の正体に気がつく。自分は丁度一年前に作られたアンドロイドということを。そしてつぶやく。

ソニー タイマー……?」