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おそらくは半茶のblog

流行に乗り遅れてはいかん!とブログをはじめてみたおっさんです。

一体さん

将軍の謁見場はいつものように静かな緊張感に包まれていた。将軍の機嫌を損ねれば首が飛ぶ。家臣たちの心配を知ってか知らずか、広間の真ん中で座っている小坊主は呑気な顔で辺りをキョロキョロと見回している。

「よう来てくれた一体殿。おぬしが当代きっての頓知をほこる小僧と聞いてここに呼んだのじゃ」

「恐れながら将軍様、私めはまだまだ修行の身、さらに精進が……」

「そこでじゃ、今日は一体殿を歓迎しようとご馳走を準備したのじゃ」

こいつ人の話を聞いてないな。

「さ、遠慮せずに召し上がれ。ただし……」

将軍は薄笑いを顔に浮かべて言った。

「そのお椀の蓋を取らずにな。都いちの知恵者ならそれくらい簡単であろう。さもなくば打ち首じゃ」

あんまりな無理難題である。独裁者が孤独をこじらせたらこうなるのであろうか。

「わかりました将軍様。しばしお待ちくだされ」

一体は座禅を組み、目を閉じた。

「……母上殿、どうか一体に力を貸したまえ」

将軍様、お椀のお吸い物が冷えてしまいました。どうか温めなおしてください。……蓋をとらずにな!」

「これは一体、一本とられたな。よかろう、電子レンジをもってまいれ」

「ぐぬぬ」

「どうした一体、今が室町時代だとでも思うたか。ほら温め直したぞ。遠慮せず食せ」

「恐れながら将軍様、私め仏に仕える身。修行を積み、還俗の者には見えぬ物が見える事がございます。将軍様がその地位につくために犠牲となった者どもが恨みをもって成仏できないまま現世をウロウロしております。そこに!」

一体が屏風を指差すと、将軍は思わず振り返ります。その隙をつき、将軍の前におかれたお膳のお椀と自分のお椀をすり替えたのです。まさに一瞬の早業。このまま食べれば自分のお椀の蓋は将軍様が開け、すなわち自分で開けることなく食することができます。勝った!一体はそう確信しました。将軍は振り返ると一体に言いました。

「観客の注意をそらす……マジックの基本だな」

見破られている、一体の額には脂汗が浮かびます。

「ではお椀は元のように交換させてもらうぞ一体。さあ食せ」

将軍様、先ほど蓋をとらずにお吸い物を食べるように仰いましたね。蓋をとらない状態では、中身がお吸い物である状態とお吸い物でない状態が重なり合って確定しておりませぬ。蓋をとって中身を観測してはじめて中身が確定いたします。しかしながら将軍様は、お吸い物を食せと仰せられました。すなわち、このお椀はすでに蓋が取られて観測済のものです。したがいまして、私めといたしましてはこのお吸い物を既に食した状態のものと主張いたします」

「なにを申しておる。では蓋をあけて確かめれば良いことじゃ。一体、開けてみせてみよ」

「開けるなと将軍様のご命令にございます」

「めんどくさい奴じゃな、一体。ではワシが開けてしんぜよう。こちらにお椀を渡せ」

「恐れながら将軍様、このお椀の蓋を開けるなとは将軍様の命令にございます。従いましてこのお椀の蓋を開けたものは将軍様の意に逆らうものとして死罪。これは将軍様であろうとも例外ではございませぬ」

「一体、見事である。その頓知に免じて褒美をつかわす。ここに持ってまいれ」

家来どもが大きなつづらと小さなつづらを運んでくる。

「どちらでもよいぞ、選んだつづらを持っていくがよい」

「遠慮いたします。またつづらの蓋を開けずに中身を取り出せと言われてはかないませぬから」

将軍は笑いながら言った。

「これはまた一体に一本とられたわ。はっはっは、この小坊主、生意気だから打ち首に処せ」

「そ、そんなぁ」